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 海外安全情報って大丈夫?
2012.04.09 Mon 19:23
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平成24年4月09日 ~各国安全情報の実態~ パキスタン北部のフンザを観光旅行していた日本人旅行者77人が現地で足止めとなり、苛立ちを募らせている旨の内容が報じられていたが、4月9日にはパキスタン軍用機で首都イスラマバードへ移送され、殆どが帰国した。日本人旅行者の中には、60~80代の人が12人いるそうだ。まずは何よりの結果で良かった。 同所は「最後の秘境」とも呼ばれ、トレッキング客に人気が高く、日本人にも人気があるとの由だが、地図を一見するとアフガニスタン国境に隣接し、イスラム教の各宗派、各部族が複雑に絡み合っている地域であることがすぐ分かる。海外の治安情勢を少しでもウォッチしてきている専門家であれば、そこの治安情勢がロンドン、パリ、ローマ等のそれとは全く違うと判断するはずだ。最近のアフガニスタン、パキスタンの治安情勢が、色々な要因で悪化している最中でもある。日本外務省は、今回の事件によりギルギット市の安全レベルを一段階引き上げた。いつもの措置だ。 さて、日本の旅行会社は、国土交通省に所管されている。同省は、海外の治安情報を独自に収集・分析できないから、外務省から貰い受けている。だから、「十分注意して下さい」という最も低い安全情報レベルから、「渡航の是非を検討して下さい」という次のレベルに引き上げられると、国土交通省の管轄下にある日本の旅行会社は、その情報に基づきパックツアー等を見合わせる。こうしたことは、今後も何ら改善されることなく続けられることだろう。 小職はかねてから、外務省の各国安全情報がどのように収集・分析されて、広報されているのかということについて疑問を抱いてきた。何故なら、各国の日本大使館、領事館の書記官、領事等が同業務を担当しているのだが、その実態はまだまだお寒い限りだからである。具体的に言えば、その専門家があまりにも少なすぎるのである。外務省は、そうした専門分野を軽視し、専門家を育成してこなかった。それを補うために外務省は、警察、自衛隊から出向している書記官や領事にこの種業務をやらせるのだが、全ての警察官、自衛官が海外事情に精通しているわけではない。また、こうした業務は、いわゆる領事業務だからエリート外交官は従事したがらない。 これが我が国の実情だから、パキスタンで足止めされた方々には誠にお気の毒だが、今後は、自ら現地の治安情勢を見極めて渡航する必要があるように思う。いわゆるセルフディフェンスだ。イスラマバードの日本大使館からは、多くの職員が現地へ入り全員の世話をしたのだろう。こんな時は、書記官、領事らが現場へ急行し、直接日本人全員と顔を突き合わせて説明をし、交渉するという「コミュニケーション力」が何より大切だ。それだけで人は安心するものだ。邦人保護という領事業務の真髄はその辺にあると小職は思っている。そうでなければ、「大使館は何もしてくれなかった」といういつもの言葉がまたひとつ国民の間に増えていくことになるからだ。
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 10年振りの中国
2012.03.20 Tue 19:34
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平成24年3月20日 ~10年振りの中国~ 先月2月1日から5日までの間、中国の蘇州、上海を視察した。 9.11米同時多発テロの翌日に北京を視察して以来だから10年振りだ。この10年、何かと話題の国だけに果たしてどのような変化を見せているのか興味津々だったが、実際に見ると予想していたものと大きな差はなかった。 確かに経済成長を続けているし、マネーの流れも活発だが、その陰には色々な弊害が覆い隠されているようだ。外国で「真実」を追究することは大変困難だが、この国ではなおさらである。それでも、日系企業をはじめとする外国系企業は、この国を捨てきれないようだ。まだ色々と魅力があるからなのだろう。 国際都市上海の人口は、約2,500万人だそうで、街中には東京を思わせるような日系企業の広告、店が随所に見られる。日系の飲食店も多い。国際都市なのだから英語はある程度通用するのかと思っていたが、これが中々通じないのにはやや驚いた。タクシーの利用が自然と筆談となる。それなりのホテルのレセプションでは英語が通用するが、小さなホテルとなると難しい。中国で駐在するには、現地語が必須のようだ。
上海から蘇州までは車で約1時間だ。高速道路も整備され、1車線の幅員も大陸的だ。 でもドライバーの運転マナーは悪い。上海・蘇州間は例の高速鉄道(新幹線)を利用すれば、30分弱なのだが、これを利用するのが困難だ。その理由は、最後まで良く分からなかったが、日本のようにオンライン化されて販売されていない、窓口での売買には現地語のみでの対応である、発券売場で言葉が通じずまごまごしていると脇からさっと横入りされてしまう、誰かが切符を買い占めて売りさばいている(いわゆるダフ屋)等々の情報を耳にした。こうしたこともあって、結局あの高速鉄道には乗れずじまいだった。 蘇州は上海に比べると一言で田舎である。現在、都市開発が急速に進められており、いわゆる箱モノが次々に建設されている。地下鉄も近々開通するようだ。しかし、開発地区の箱ものに夜間電気が点かない。通りを歩く歩行者の姿は殆どなく、日没後は不気味なくらいだ。これから発展、成長するとのことだが、小職は果たして本当にそうなのかと疑問を感じざるを得なかった。もし、発展しなかったら、高層ビル群のゴーストタウンになるのだろう。 中国を長年ウォッチしている現地在住の日本人男性が「この勢いもさすがにいつまでも続くものではないでしょう。でも、中国を完全に潰してしまうという選択は世界にとってベストの方法ではない。中国を上手く活用する方策を考えるべきだ」と話してくれた。日本がそのように巧妙に立ち振る舞えれば良いのだが、とても現状のままでは難しいのではないかと感じた。
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 タイ洪水のその後
2012.01.09 Mon 19:07
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平成24年1月9日 ~タイ洪水被害のその後~ 昨年10月頃から日本でも大きく報じられたタイの洪水被害は、同12月にほぼ収束した。 収束後の状況が日本で報じられることは殆どなくなったが、未だその後遺症は随所で続いている。小職は、12月16日から新年の3日まで訪タイしたが、水が引いた後の堆積した粉塵が空気中に漂い、12月の季節の変わり目で約2週間気温が低かったこともあって、喉や鼻をやられる風邪が流行した。小職も現地に入るや、毎春の花粉症を思わせるようなくしゃみが始まり、喉が炎症を起こした。小職の友人である多くのタイ人が同じ症状に罹っていた。それでも、タイの庶民たちは、個々に逞しく復旧に励んでいた。 住宅地の随所に山積みとなっていたゴミもようやく塵芥車の稼働がスムーズになり、12月中には、パトゥムタニ、ノンタブリ、ドンムアン等の被害が大きかった地区から姿を消した。 また、タイ政府は、被害家庭に対して最低5,000バーツ(約12,500円)の補償金を出すとしたことから、昨年末の各区役所前は普段になく大変な混雑振りで、庶民の間では、申請書の書き方、被害の程度によって更なる補償金が支給されること等がしきりに話題となっていた。2か月以上営業できなかった小職がよく通う理容室の経営者は、「その程度しか政府が支払わないのなら、自分は敢えて申請しない」と笑いながら言っていた。どうやら、現政権を支持しない側らしい。 2メートル以上冠水したムアンエッグ地区を視察したが、家々の壁、門扉等に冠水していたことを示す一筋の線が克明に残っている。被害地域では、この線が被害の程度を示す大きな証拠だ。同地区の2つのゴルフ場も暫くは使い物にならない状態であった。被害の大きさを改めて感じた。 各家庭で復旧が進む中、多くのタイ人が「今年は洪水となるのか」ということを盛んに話し合っていた。ある者は「同じ被害となるから家具は新調しない方が良い」と言い、ある者は「半世紀に1回だから暫くは大丈夫」と言う。果たして軍配はどちらに上がるのか分かろうはずもないが、「今回のような被害はもうご免だ」と彼らの多くが感じていることが窺えた。「マイ・ペンライ」と言いながら、笑顔で逞しく被害を乗り越えているように見えたが、相当苦しく、辛かったことが彼らの会話から察することができた。 小職の親しいタイ人男性が真剣な面持ちで「今年は同様の洪水になると思うか」と問いかけてきたので、「分からないが、そうならないことを勝手に信じている」と答えると、自分もそうだと頷いていた。すると、傍で話していたタイ人の女性たちが声をそろえて「男の人たちは、いつもそのように楽観的なんだから」と小職らの会話に割り込んできた。 小職は、ようやく、タイ人それぞれの顔に本来の笑顔が戻ってきたような気がしてならなかった。日本人もタイ人のこうした逞しさに学ぶところはあるのではないだろうか。
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 日本の迅速な支援が必要な時なのに
2011.11.01 Tue 12:44
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平成23年11月1日 ~タイの洪水被害に思う~ タイの洪水被害が大きく報じられている。小職は、10月22日から30日まで洪水被害が出たバンコク都内北部のドンムアン地区で業務を行った。 バンコク入りした22日早朝には、ドンムアン地区にはまだ洪水の被害は大きく影響していなかったが、その後、徐々に被害が拡大し、小生の現地活動拠点前の道路にも水が押し寄せた。小生は、仕事の合間に同地区およびバンコク都内を視察したところ、全域が浸水しているというわけではなかった。堤防や運河から溢れ出た水は、高い所から低い所に流れていく訳だから、同じエリアでもやや高い所は、冠水するにはいたっていない。すなわち、幸運な所もあれば、災難な所もあるというわけだ。
そもそも、タイの洪水被害は毎年のことで、その度に犠牲者がでるのだが、国や地方の行政機関がその反省に立って迅速な対策を講じることはこれまで殆どなかった。 小職がバンコク駐在中も、毎年冠水被害が出る都内の地域がほぼ決まっているのにどうしてそこを手直ししないのかと感じていた。今回の被害は50年に1度のことと言うから、この後、タイ政府は、多少の治水対策を講じるかも知れないが、果たしてどうだろうか。 「マイ・ペンライ」のお国柄だし、大がかりな対策は予算的にも難しいものと思われる。
今回の洪水被害では、同国内の工業団地が冠水し、多くの日系企業が被害に遭った。日本人の人的被害が報告されていないことは何よりだが、経済的損失は大きいことだろう。心からお見舞い申し上げたい。 しかしながら、日本の多くの企業は、同国を拠点としてこれまで長年に渡って利益を上げてきたことも事実であるから、こんな時こそ、同国に恩返しをしなければならないと思うが如何だろう。いくつかの日系企業は、同国へ義援金を出したり、支援物資を送ったりした。結構なことだ。 でも、今回現地で様子を見ていると、「目に見える具体的な貢献」をする日本人たちが少ないように思う。日系企業の経済損失の話、日本人居住区に浸水するのかどうかの話、観光旅行がキャンセルされている話、一時帰国をする日本人の話等々が話題になっているようだが、第一の被害者であるタイ人の人たちと一緒になって出来得ることをしようではないかという日本人の話は、あまり耳にしなかった。日本政府の支援も遅かったように思えてならない。
また、日本での報道振りは、まるで首都バンコクが全域に渡って洪水被害に見舞われているかのような内容が繰り返されている。しかし、実態は決してそうではない。小職が現地で会った某日系企業の現地責任者は、日本の本社から一時帰国や一時避難を尋ねられたそうだが、キッパリと断ったそうだ。タイ人が困っている時に自分たちだけが真っ先に逃げることだけはしたくないからだと言う。当然のことだ。
今回、小職らに迅速な洪水情報を提供してくれ、ホテルへの一時避難を勧めてくれたのは、懇意にしているタイ人たちであった。自分の家も床上浸水になっているのに小職らを気遣ってくれる。彼らと共に冠水した家屋や道路に足を入れて彼らを少しでも手伝うことが、まずは小職に出来ることと思い、短期間ではあったが出来得る限りそうしたつもりだ。 1日も早い被害の収束を祈るばかりだ。
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 日本にはない活気
2011.10.10 Mon 18:13
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平成23年10月10日 ~1年振りのタイ出張~ 昨年の9月以来、1年振りにタイへ出張した。これまで定期的に年に数回は訪タイしていたので、さしたる変化はないだろうと実は高をくくっていた。 しかし、1年という時間は、成長を続けるタイにとっては短い時間ではなかったようだ。 日本では、長期間元気のない状態が続いているが、タイをはじめ東南アジア各国は、日々活気に満ち溢れ、成長を続けていることが実感できた。 1年の間に日本ブランドが続々とタイへ進出していた。ユニクロをはじめ、ラーメン店にいたるまで、大・中・小・零細のそれぞれの日経企業が新たな展開を試みていた。今後もこうした状態は続いていくものと思われる。バンコク都内の大型デパートは大規模にリニュアルされ、入るテナントの中にはこれまで同地で見られなかった日本のテナントが目立つ。土日ともなると多くのタイ人が訪れ、ごった返している。果たして、訪れる人の全てがお金を使っているのかどうかは定かではないが、見ているだけでその活気に圧倒される。
バンコク駐在の長い日本人駐在員M氏とリニュアルされたセントラルデパート(ラップラオ店)で久し振りに再会して情報交換した。 M氏は、「日本は大丈夫ですか?」「随分と元気がないように見えますが」「円高の影響もあるのかタイには続々と中小の日系企業が進出しています」「500万円以上もするトヨタの高級車が何故かここでは売れているのです。やはり活気があると言わざるを得ません」等々と話してくれた。海外から日本を見ている日本人の多くは、日本を心配しているようだ。 日タイの関係は、極めて良好に維持されているから、今後もこうした状況は続くだろうし、小生としては続いてもらいたいと思っている。 このタイに見られる「活気」は、人間が家族を中心に結束・協力してシンプルに「生きる」という原点から生み出されているのではないかと小生は常々思っている。成長を続ける東南アジア各国でも共通だ。 核家族化が進み、本来の家族の形が崩れ、個人中心の幸福が追求されるようになっている日本が再び元気を取り戻すためには、本来の家族という形を取り戻して、一致団結することなのかも知れない。帰国して東京の街中を歩いていると、そんな気持ちに包まれる。
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 「親身」な支援
2011.08.12 Fri 21:03
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平成23年8月12日 ~タイ王国らしい思いやり~ 東京電力が7月11日に、タイの発電公社から電力不足対策として無償で借り受けていたガスタービン発電設備2基の運転を開始したことが報じられた。この発電設備は川崎、大井火力発電所内に1基ずつ設置されているとのことで、出力は計25.6万キロワットとのことだ。タイは東電からの要請を受け、3月末に無償で貸し出すことを決定していたそうだ。
日本とタイの関係は、単に古いだけでなく、極めて親密である。戦後の日米関係は極めて強固だが、日・タイ関係もそれに劣らないほどだと私は思っている。 日本の皇室とタイの王室の歴史的な交流もあるが、明治維新以降の日本の姿にタイが大きな希望と期待を抱き、様々な場面でタイは日本を支援した。こうしたタイの行動は、意外と知られていない。時には、タイが世界の列強から睨まれることは承知の上で、日本を支持するような行動を示したこともある。 こうした歴史から見れば、今回のガスタービン発電設備を3月の段階で無償貸与していたことも頷ける。台湾から多額な義捐金が提供されていたことが報じられていたが、台湾やタイは、「親身」になって日本を助けようとするのである。この「親身」になってというところがミソである。親身な支援には、気持ちがこもっており、見返りを求めないので、じっと見ていればすぐに分かる。また、相互の関係が長続きする。上辺だけの支援とは自然に区別がついてくるものだ。日本政府は、こうした「親身」な支援にキチンと謝意を示し、日本としての礼儀を示さなければならない。タイの電力事情は現在でも十分ではなく、時々突然停電もする。口さがない在留邦人は「まだまだタイはこの程度ですよ」などと言うが、そんな実情なのに発電設備を無償で貸すから使ってくれというのである。逆のことが今の日本に出来るだろうか。 1997年の金融危機の際、私は在タイ日本大使館で勤務していたが、IMFはタイへの融資に色々な条件を付けて、支援が大幅に遅れた。この時、最も早く支援したのが日本だった。私は日ごろから日本は外交下手だと思っていたが、この時はやれば出来るじゃないかと感心した。私の知人であるタイ人の官僚らから会う度に感謝の言葉が伝えられたことを今でも鮮明に覚えている。その時彼らは、私にこう言った。「欧米の連中は、偉そうに構えてもったいぶるだけだ。東南アジアの人間なんてある意味、見下しているのだろう。でも、日本はすぐに助けてくれた。やっぱり、アジアの真の友達だ。我々は日本が最初に助けてくれたことを絶対に忘れない」 日・タイの歴史を細かく見れば見るほど、両国の親身な助け合いがあることが良く分かる。台湾やタイのような関係を維持できる国は、今後そんなに増えないと思う。だから、大切にしなければいけない。日本外務省だけに任せることなく、民間レベルでも「親身」な支援をしていきたいものだ。
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 記憶に残る人の大切さ
2011.07.25 Mon 20:18
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平成23年7月25日 ~3年間の厳しい指導の思い出~ 7月16日付の「産経新聞」に前警視総監の米村敏朗氏が、警察庁の先輩である柿嶋美隆氏がご逝去されたことに伴い、その思い出を執筆しておられた。公安警察で長く仕事をした警察官であれば、柿嶋氏の名前を知らない人は少ないはずだ。私は、現役時代に柿嶋氏に直接仕えたことはなかったが、退職してから同氏が勤務されていた企業で偶々仕事をする機会を得た。 その企業での業務の内容は、世界の治安情勢、犯罪情勢等を収集・分析し、定期的にレポートを作成してクライアントへ提供するのだが、柿嶋氏の最終点検(決裁)を受けた上で完成となる。私は当時、各国を担当する社員が作成した殆どのレポートを事前にチェックして柿嶋氏の最終決裁を受ける役目だったため、その都度、同氏の部屋に呼び付けられ、厳しい指導を賜った。 柿嶋氏は、私を呼び付けると必ず自分の背後に立たせて、同氏が赤ペンで原稿を修正するのを徹底して見させた。長い沈黙が続き、立っているのが辛くなる時もあれば、時折、「これはどのような事柄か?」「議会構成はどうなのか?」「伏線があったはずだが、見落としていないか」等々と鋭い質問が飛ぶ。曖昧な返答などすると、更に詰問された。 私は時々ズルをして、柿嶋氏に決裁を上げる前にそのレポートを熟読もせず、作成担当者にも不明確な部分について質問もしないで提出することがあったが、そんな時は、コテンパンに叩きのめされた。「君がチェックもしていないものを私に持ってくるとは何事か?」というわけである。同氏の仰るとおりである。 「自分だけが分かっている文章は悪文である。誰が読んでも分かるような文章を書かなければならないのだよ」という柿嶋氏の言葉は今も忘れていない。柿嶋氏の3年間にわたる厳しい指導のお陰で、良い文章と悪い文章の違いが多少身に付いた。
また、柿嶋氏は「マルクス・レーニン主義(ML主義)」理論の権威だったから、時々、それを聞く機会があった。同氏の頭の中に整理された知識と経験、分析が正しい日本語で私に伝えられた。当時既に高齢になられてはいたが、そうした柿嶋氏の姿に衰えは全く感じられなかった。 米村前警視総監は、「人生にはその人との出会いがなかったら、その後の社会人としての経歴、いや人生そのものが、大きく違っていたであろうという人がいる。」として、亡くなられた柿嶋氏を偲んでおられた。私も、柿嶋氏との3年間で同氏から学んだものが多かっただけに、米村前警視総監の記述が胸に響いた。柿嶋氏のような警察官は、今後なかなか現れないような気がしてならない。心から感謝と共にご冥福をお祈りする次第である。
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 テレビのない生活は快適
2011.07.12 Tue 21:00
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平成23年7月12日 ~テレビのない生活~ 最近、テレビを見なくなった。年々見なくなっていたのだが、地デジ放送とやらに切り替わることから、盛んにその宣伝が繰り返されるようになり、すっかり見なくなってしまった。 最近の若者もテレビ離れしているとの記事が新聞に掲載されていたが、結構なことではないかと思っている。テレビによる一億総白痴化と言われて久しいが、地デジへの切り替えに伴い、多くの国民がテレビを見ないようにしてはどうだろうかとさえ思う。 現在は、パソコン、携帯端末等の各種機器があるから、テレビに頼る必要は殆どないと言っても過言ではない。私は近年、ニュース番組程度しか見ていなかったが、それも同じ内容を各局とも繰り返しているだけだから、一度見れば十分である。娯楽番組などは、あまりに粗雑で、くだらないから見るに堪えない。 というわけで、テレビを見ない生活を続けているが、これが、以外にも日々の生活に何も困らないばかりか、逆に読書の時間が増え、静かに考える時間が増えた。これまで、時々テレビのリモコンを無意識に手にしてスイッチを入れていた自分が不思議に思えてくる。 あの無意識のような動作は一体何だったのだろう。 「地デジの準備はもうお済ですか」というフレーズやテロップが、まるで全国民を洗脳するかのように繰り返されているが、この際、皆さんもテレビを見ない生活に切り替えてみられては如何だろう。新しい何かが発見できるかも知れません。
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 実態把握の重要性
2011.06.18 Sat 18:41
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平成23年6月18日 ~現場を知った上での条約締結?~ 近年、国際結婚をする日本人が増えてきた。国際化が進む中では当然のことだ。 幸せなうちは何も問題はないのだが、いざ離婚をするとなると様々なトラブルが発生する。当然のことと言えばそれまでだが、欧米諸国は、「国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約」なるものに日本も批准するよう強く要請していたところ、日本もついに批准するという。 国際結婚した日本人女性が、夫の家庭内暴力(いわゆるDV)、養育費を全く支払わない等々の理由から離婚を決意し、子供を連れて日本へ帰るケースが増えている。 日本政府は、日本の国内法を整備して、こうした邦人を保護する方向で条約批准するとの由だが、それでも相手国の裁判所において、色々と当事者双方が話し合うことは、大変なパワーとお金がかかると共に、どうしても邦人に不利益が生ずる可能性が極めて高いと言わざるを得ない。日本政府(特に外務省)は、そうした現場の実態を正確に把握した上で同条約批准をするのだろうか。また、相手国で邦人が不利益を被らないように日本国として具体的にどのようなきめ細かな支援ができるのだろうか。欧米諸国の強い要請にただ屈した形で批准するのであれば、今後、多くの邦人が泣きを見ることになるようで心配だ。
というのも、小生が日本国大使館で邦人保護業務をしている時に国際結婚をしている邦人女性が何度となく助けを求めて来館してきたことがある。夫や親族による暴力、宗教上の慣習による家族ぐるみの強要や虐待、帰国できないよう邦人の旅券を強制的に取り上げる、脅迫等々である。当然、子供を日本へ連れて行かれないように、子供の旅券も夫側が強制的に保管していた。イスラム諸国では、さらに酷い事例が発生していることを耳にした。事案によっては、刑事事件の場合もある。 邦人が日本国大使館へ相談したということが夫側に知られると、夫側は更に厳しく締め付けを加速する。だから、相談に訪れる邦人の殆どは「私が相談に来たことは絶対に秘密にしてほしい」と言う。日本人が海外で国籍を証明する唯一の証明書である旅券を取り上げられているから、自らの意思で出国することもできない。暴力や虐待があまりにも激しいようなケースでは、「帰国のための渡航書」を発出して一刻も早く日本へ帰国させなければならない。何故なら、相手国で刑事や民事訴訟を争った場合、どうしても外国人である邦人は不利である。勝ち目がないと言っても過言ではないだろう。さらに、夫およびその家族からのいやがらせや暴力に怯えながらも、弁護士を選任して争うことができるパワフルな邦人が一体どれくらいいると言うのか。多くの邦人は、日本人の性質から見ても、耐え忍ぶ、諦める等の方法を選択するのではないだろうか。 条約批准後、各国の日本大使館、領事館に助けを求めて来るこうした邦人たちに対して日本外務省の書記官、領事の方々は、邦人の側に立った強力な支援ができるのかどうかも極めて心配だ。「夫婦間の問題だから介入できない」「弁護士を紹介する」等程度のこれまでのような支援しかできないのであれば、何も邦人がより不利になるこのような条約を批准することはないと思うのだが。
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 ウサマ・ビンラディン殺害に想うこと
2011.05.16 Mon 20:08
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平成23年5月16日 ~情報当局の原点回帰の成果~ 2001年9.11米同時多発テロの首謀者として米情報当局から行方を追われていたウサマ・ビィンラディンがパキスタン国内で発見され、殺害された。事件発生から10年目の今年を狙ったわけではないのだろうが、米情報当局者にとっては、これからも続くであろう長いテロとの闘いの中で大きな節目であったに違いない。 事件発生当時、「米中央情報局(CIA)」が「最新のIT技術に頼りすぎ、人員・予算を減らし、それまでのヒューミッドを軽視した」ことが指摘されたことを記憶する日本人は少ないに違いない。CIAは事件後、直ちにそれを反省・検討して、ヒューミッドによる情報収集体制を整えたと言われている。米はそうした再構築が驚くほど迅速だ。自分たちが失敗したことを素直に認め、莫大な予算を投入して、議会も超党派でこれを承認する。日本には中々真似ができない芸当である。国家の危機管理に対する思想、考え方が全く異なるのであろう。 私が今回の特殊作戦で強く感じたことは、「秘密の保持」である。 断片情報の入手を端緒に始まった今回の極秘作戦は、各種の確認作業等をパキスタン国内で極秘裏に実行しなければならなかったはずである。この作業は極めて難しい。私が大使館勤務当時に「極秘」のミッションを実施した際も、その秘密が部外に漏れないようにすることに最も留意したが、結果的に情報の漏れを完璧に防ぐことはできなかった。 CIAは多くのパキスタン協力者を使ったと思われるが、それでも今回の作戦が事前にパキスタン側に漏れなかったのは、10年前からのヒューミッド回帰作戦が定着したからではないかと思われる。 国外で情報収集活動を行うには、どうしてもその国の協力者が必要であるのは当然だが、どうやってそれらの協力者から情報が漏洩しないようにするのかに苦心する。ヒューミッドとは、決して裏切ることない協力者を随所に設定して、運営することなのだが、人間だから「絶対」はない。そこで、協力者を色々な形で指導・管理するのだが、人間と人間の心の結び付きという意外と人間臭く、泥臭い非科学的なところに負うところが大きい。だから時間がかかるのである。 かつて、日本もこうした情報収集活動を海外で行っていたのだが、今ではその力量は極めて低いと言わざるを得ない。寂しい限りだ。また、私の予想したとおり、一部の日本のテレビ、新聞等では、「何故殺害したのか」「捕えて裁判にかけるべきではなかったか」「主権侵害ではないのか」等との主張が見られる。そんなことが容易にできるほど世界のテロ組織は甘くはないのである。日本人の「話せばわかるはずだ」という平和ボケからの妄想は、世界では通用しないことをそろそろ肝に銘じるべきである。
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 真の命がけ
2011.03.22 Tue 04:02
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平成23年3月22日 ~石原都知事の涙~ 福島第一原発事故の現場で、まさに命がけで活躍した東京消防庁の隊員115人が石原都知事に活動報告を行った際、知事は声を震わせて感謝を示した。また、現場では誰が言ったかは明らかにされていないが(閣僚とも言われている)、放水作業をめぐり「言うとおりにしないと処分する」と恫喝まがいの発言があったそうだ。知事は総理に厳しく問い質したと言う。 多くの政治家が最近やたらと「命がけで」という言葉を使うのを耳にする。私は当然こんな輩は信用などしないし、直接命のやり取りをする現場を知らない人に限って使うものだと思っている。
私は、今回の知事の行動と同じような場面を一度だけ経験したことがある。92年10月から翌93年7月までの間、PKO協力法に基づき、日本の警察官が初めてPKO要員としてカンボジアへ派遣された時のことだ。私も隊員の一人だったが、93年に入って日本人の国連ボランティアと警察官が連続して殺害された。自衛隊部隊も多数展開していたが、幸い死者は出なかった。個人単位で活動する丸腰のボランティアや警察官の方がリスクは高かった。 出発する際、「全員無事で帰国することが本ミッションの最大の目的だ」と隊員全員が思っていた。しかし、殉職者が出てしまい、沈鬱な気持ちで帰国した。ミッションは失敗だと私は思っていた。だから、成田空港に降り立った時は、笑顔などなかった。
家族と再会した後日、活動報告のため安藤警視総監の前に整列した際、総監は「本当に全員無事で帰国することができて良かった」と労いの言葉を発すると、声を震わせ、長い沈黙が続いた。私を含め隊員も涙が止まらなかった。私は今でもあの時の涙を忘れたことはない。総監は部隊を派遣した指揮官としての大きな責任を日々東京で感じておられたそうだ。この時、私はこの指揮官であれば、今後も命がけの任務であっても実施できると、言葉ではなく、涙を通じて感じ得ることができた。 今回の消防隊員の方々もおそらく同様ではないだろうか。いつの世も、命がけで任務を遂行するケースでは、美辞麗句などでは、伝えられないものがある。まずは、東京消防庁の方々、本当に命がけの任務、お疲れ様でした。また、警視庁や自衛隊の方々も東京消防庁の方々と同様のことと思います。命がけの任務に就いておられる皆さんの活躍が、日本復興の礎になることを願わずにはいられない。
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 外交官は覚悟を持て
2011.02.28 Mon 20:26
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平成23年2月28日 ~その決断、早すぎるのでは?~ チュニジアに端を発した民主化運動は、次々と独裁政権が続くアラブ諸国に波及している。まだ2月だが、恐らく今年の10大ニュースのひとつになることは間違いないだろう。 そんな中、日本外務省が発出している海外渡航情報を見ていたら、2月26日付の情報に在リビア日本国大使館が一時閉館するとの内容が掲載されていた。 私は、この情報に「おや?」「何故だろう?」という違和感を覚えた。カダフィ大佐側がリビア国民に対して徹底した武力行使を開始した真最中であり、日本外務省としては、最も情報収集をしなければならない時期だからだ。閉鎖の理由は、次のとおりだ。 「リビアにおける治安情勢が悪化していることから、現地時間2月25日をもって、在リビア日本国大使館を一時閉館することとなりました」(原文のまま)。 現地の治安情勢が悪化しているからという理由だが、外交特権を有する大使館が真に諸活動が出来ず、且つ、大使以下の館員に真に危害が及ぶ可能性が極めて高い状況なのだろうかという点が疑問だ。それとも、欧米諸国の公館の様子を見ながら、決断したのだろうか。しかし、各国の公館が続々とそうした措置を採っているとの情報は報じられていない。
私は、カンボジアPKOへの参加をはじめ、東ティモール、モザンビーク、アフガニスタン等の紛争地を安全調査のため往訪したほか、イラク戦争が始まり、バクダットが陥落した後の日本大使館へ警備担当の要員を派遣した。私は要員を派遣した後、戦争終了後も各種テロが頻発するバクダットの日本大使館が、いつギブアップして閉鎖するのか見守っていたのだが、私の予想に反して閉鎖されることなく、劣悪な治安状況の中、耐え続けた。奥氏、井上氏が殺害されても閉館されなかった。私は当時、日本外務省も中々やるようになったものだと感心した。 だから、この時バクダットで耐え続けた経験を有する外務省職員に、今回の在リビア日本大使館の一時閉鎖をどのように感じているのか尋ねてみたい。 私は、大使館員は、常在戦場の覚悟で職務を行わなければならないし、その覚悟なくして、国益のための外交活動など出来はしないと常々思っている。仕事柄、現在のリビアの首都トリポリの治安状況に関する情報を収集・分析している私としては、今回の在リビア日本大使館一時閉館の決断が、どうしても早すぎるのではないかと思えるのである。 現地にやむを得ない理由で残り続けて活動をしている邦人は一人もいないのだろうか。 もし、そうした邦人がいるとすれば、自国の大使館が閉館されることをどのような気持ちで受け止めているだろう。現地を離れる時は、大使館員が最後でなければならない。外交官とはそういう職業ではないのか。
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 次代を担う若者たち
2011.02.21 Mon 19:21
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平成23年2月21日 ~「志」ある若者がいる~ インターネットは大変便利な道具だが、良いことばかりでないことは言うまでもない。 だから、私はネットで色々な買い物をしたことがない。何故なら、相手の顔が全く見えないので、相手方の表情、考え等が分からないからだ。しかし、今回実父が亡くなったことに伴い、ネットで葬儀社を探すこととなった。PCで検索を重ね、そして、相手方が見えないまま、葬儀をお願いした。 1月末の寒い時期ということもあって、葬儀場、斎場等は大変混み合っており、中々思うような日程で場所の確保ができず難渋したが、お願いした葬儀店の若い男性社員は、親切に色々と場所探しをしてくれ、私が考える日程での葬儀を実現してくれた。 ネットでお願いして、ようやくその社員と顔を合わせて諸事打ち合わせを行うこととなったが、中々の好青年で好感が持てた。神奈川県海老名生まれの海老名育ちで、これまで海老名を出たことがないと言う。大変な仕事だろうにと思って色々と尋ねると「皆様が悲しみの中、故人様をお見送りされる大切な仕事であり、まだまだ勉強不足ではあるが、誇りを持って続けたい」と言う。私は彼の言葉に「送り人」という映画がヒットしたことを想い出していた。
総じて最近の若者は云々と言われている。特に、文化、慣習、礼儀、作法等については教えられていない人たちが多いように見受けられるが、中にはそうしたことをキチンと受け継いで頑張っている若者もいる。私は、彼に「立派ですね。これからも頑張って下さい」と心からお礼を述べた。 そういえば、父が病院で亡くなった際、2人の若い女性看護士が丁寧に父のシャンプーをし、体を洗い、新しい寝間着を着せてくれた。一人は当直明けであったのに、居残りして丁寧な仕事振りであった。私に「暫くかかりますので、病室の外で待っていて下さい」と言うので、私は大変でしょうからと一緒に手伝った。 ネットで偶然知り合った葬儀社の青年、病院の若い看護士たちは、今回父が亡くなった機会に、私に温かく、清々しい「心」を垣間見せてくれた。こうした「心」と「志」ある若者が居る限り、まだまだ日本の将来は明るいかなと感じた。このような若者に比べると、テレビの国会中継での各議員の言動は、何ら私の心に響かない。総理をはじめ、恥を知るべきだ。
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 ドラマの主人公の方がプロらしい?
2011.01.17 Mon 20:58
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平成23年1月17日 ~本物のプロが増えてほしい~ 兎年の新年を迎え、今年も気持ちを新たに各種の仕事に取り組みたいと意気込んではいるが、日本を取り巻く諸環境は、依然としてあまり芳しくないようだ。だからと言って、閉塞感に陥ったり、内向きな活動とならないように、常に物事の「本質」を見失わないように、少しでも明るく、ひたすら人のためになるように前進あるのみと自らに言い聞かせている。 私はニュース以外のテレビはあまり見ないのだが、最近、俳優の織田裕二氏が外務省の外交官を主演するドラマ番組を偶然見た。織田氏扮する主人公は、外務省の邦人テロ対策室の外交官として世界各地で活躍する。外国語を流暢に操り、邦人テロ対策、邦人援護等のために大活躍する内容で、大変クールで格好が良い。内容は、かなり現実の邦人援護業務とはかけ離れているが、織田氏扮する「外交官」の姿は、日本国民の多くが本来期待しているものではないだろうかと感ずる部分もある。
邦人テロ対策や邦人援護業務という言葉は、多くの国民には馴染みが薄いのだろうが、要は日本人が海外でテロをはじめ、様々な事件・事故等に遭遇した場合に多方面からの支援を行う領事業務のひとつである。領事業務には、この他、旅券・証明等の発行、査証の発給等がある。邦人援護業務は、こうした領事業務の中でも最も取り扱いがセンスィティブで難しいと言われている。何故なら、事件・事故の当事者である邦人を取り扱うのだから、擬律判断、法令遵守、任国の治安当局への要請・交渉等をケース毎に瞬時に判断しつつ、迅速に対応しなければならないからだ。このため、外務省は、多くの在外公館でこの業務を警察や自衛隊からの出向者に実施させている。警察官や自衛官は、その職務の性質上、事件・事故の取り扱いに精通しているからだ。 さて、領事業務のひとつである邦人援護業務の実施要領だが、私が警視庁から外務省へ出向して同業務を行っていた時(1995年~98年)から現在に至るまでの間、どのように具体的に進化したかと言えば、どうやらさしたる進化はしていないようだ。いや、逆に外務省の組織や担当者の保身のため、極力積極的な邦人援護業務は行わないという方向に振れているようだと外務省の私の友人は述べている。 私は以前にも本ブログで述べたが、邦人援護業務は極めて重要な業務である。私は、ひとつの領事業務というより、立派な国家の姿勢を他国に示す外交業務であると思っている。しかしながら、外務官僚は依然としてこの業務に重きを置かない。そのため、外務省内にこの業務を専門職とするプロが育たない。そんな業務は警察や自衛隊の出向者にやらせておけば良いということだろう。 また、実際の邦人テロ対策室の体制や実態は、残念ながら先進国の情報機関等のそれと比較すると、小規模の人員で、殆どを公刊情報に依存している。織田氏が扮するような、自らの危険を顧みず、機微な情報を収集・分析する日本の外交官は、近年見たことがない。 少しくらい型やぶりであろうと、アグレッシブであろうと、邦人援護業務の「本質」は何かということを熟知し、善良な邦人を国家の一員として全力で支援するような、織田氏が扮するようなプロの「外交官」が増えてくれることを切に願うばかりだ。海外慣れしている多くの日系大企業の一部の人たちから「現地の日本大使館は原則何もしてくれない。最後は企業自らでやるしかない」と言われないように。
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 大切な教育を受け継ぎたい
2010.12.26 Sun 19:33
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平成22年12月26日 ~教育の大切さ~ 師走に入り、私が親しくしている警視庁OBの先輩(現在は作家として活躍中)が主催するパーティに出席した。 そのパーティに来賓として挨拶されたT氏が大変立派だった。95歳という年齢をいささかも感じさせない。先の大戦では海軍の軍人としてミッドウェー海戦、ガダルカナル島攻防戦等々に従軍され、終戦時は海将にまで昇進されたそうだ。 今年は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」がテレビ放映されたこともあり、秋山兄弟、正岡子規、広瀬中佐等が話題になった。 T氏は、私の先輩が執筆した広瀬中佐の本を読み、直ちに自らロシアのサンクト・ペテルブルグへ足を運び、広瀬中佐が起居したアパートを訪ねたそうだ。そのアパートは、今でも現存しており、室内までは人が住んでいたため入れなかったとの由。 T氏は、「色々な問題が日本を取り巻いているが、豊かな日本を築いていくために内向きになることなく活力を漲らせて邁進していかなければならない。まだまだ日本人にはそれが十分できるもの信じている」との趣旨を話された。小職にとっては、久しぶりに良い話を聞くことができたと大変嬉しく、満足した。 T氏の何に満足したのかと言えば、薄っぺらくないのである。美辞麗句など何一つないお話しだが、言葉の一つ一つに重みと言うか、日本人としての誇り、識見、歴史観、国家観等が確固と見てとれるのである。
後日、私の親しい航空自衛隊OB幹部にこの話をした。何故、T氏をはじめ、当時の方々はこのように立派なのだろうと質問したところ、この航空自衛隊OB幹部は「教育ですよ」と即答した。私は「やはりそこですか」と言わざるを得なかった。私は、家庭、学校、地域、そして専門教育の場での教育等々であろうと理解した。 部門は違うが、昨年、今年とノーベル賞を受賞される日本人の方々の年齢を見ると、何となくその辺が理解できる。 こうした先輩方々の後輩である私たちは、果たして、同様の「価値あるもの」を引き継いでいるだろうか。かなり薄っぺらくなってはいないだろうか。そうならないように日々勉強を続けていきたいものだ。
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 こんな言葉を使う人の本質
2010.11.19 Fri 18:06
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平成22年11月19日 ~「暴力装置」などという言葉を使う人とは?~ 現政権の官房長官が、国会の参院予算委員会で自衛隊は「暴力装置」だと発言した。 直ぐに野党の指摘を受けて撤回したが、こんな言葉を吐く人物が政権の中枢にいる我が国の将来は、空恐ろしい限りだ。 「マルクス・レーニン主義(ML主義)」にかぶれた一部の日本人が、日本で社会主義革命を成功させることができると信じて過激な暴力に走った時期があった。左翼、極左等と呼ばれる人たちだが、彼らが好んで使っていた言葉のひとつがこの「暴力装置」だ。 今の若い人たちの多くはそんなことは知らないだろうし、恐らく興味もないだろう。
同官房長官は、東大卒の弁護士から政治家になった由だが、学生紛争が盛んな時期に左翼思想にかぶれ、活動した経歴があるようだ。新聞紙上でも保守派の論客から同官房長官は左翼であると断じられていた。「暴力装置」という言葉は、社会学者のマックス・ウェーバーが国家、権力を説明する際に使用した言葉だが、左翼、極左の人たちは、革命を成就させるためには、警察、軍隊が最も障害となる「暴力装置」であるから、これを徹底的に弱体化しておかなければならないとして、実は、現在でも様々な諸工作を敢行している。 同官房長官の脳裏、心にはこのDNAがしっかりと刷り込まれており、つい「本音」が出たのだろう。どんな場面であろうと「本音」を吐露するようでは、外交などできるものではないだろうに。
警察官の中でも警備、公安部門に携わった人でなければ「暴力装置」という言葉を耳にしてもピンとこないはずである。だから、私もこの言葉を聞いた瞬間、「いまどきこれを使う人がいるとは」「逆に懐かしい気さえするな」等と感じた。 私は、昨年の政権交代時にこうなることは十分予測していたので、特段今回の発言には驚かないし、最低でもあと3年はこうした人物を多数擁する政党が日本国を動かしていくということを覚悟しなければならないということである。 この際だから、「プロレタリアート独裁(プロ独裁)」「米帝粉砕」等、官房長官のDNAの中にたくさん刷り込まれているはずのこの種言葉を今後大いに曝け出してくれれば、良識ある国民の多くが徐々にその本質を見極めることができるだろう。私は、ありがたいことに公安警察に長年携わっていたおかげで、その本質を十分すぎるほど把握している。
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 自国民を保護する業務の重要性
2010.10.02 Sat 16:13
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平成22年10月2日 ~どのような「自国民保護」をしたのだろう?~ 私は、尖閣諸島での事件が発生する日に海外出張をしたので、事件発生は出張先で知った。すぐに想像したことは「最終的に中国に屈するだろう」ということだったが、それが見事に的中した。残念というより情けない限りだ。 既に各種の情報が報じられているので、本ブログで本件については書くまいと思っていたが、やや切り口を変えて意見を述べて見たい。 それは、中国で軍事施設を撮影したとして身柄拘束されたフジタの社員4人の事件についてである。事件の推移から見て、中国が偶発的な事件を交渉の好材料として利用したのか、或いは、狙い撃ちにしたのかは不明だ(私は後者だと思っている)。 問題は、日本国として自国民を保護するという強い姿勢や具体的な活動が殆ど見えなかったことと、メディアもただ「安否が心配だ」ということだけを繰り返したことだ。 こうした事件の場合は、外務省が現地の日本国大使館、領事館等と緊密に連携して、領事面接を申し入れることはもとより、場合によっては元首相クラスや閣僚級の特使が現地入りして大使と共に強い交渉を行うと共に、日々の活動結果事実を公表する戦術がある。 ましてや4人は、遺棄化学兵器の処理という日中間で同意した国際協力業務に携わろうとした人たちだ。 これが米、英、仏、独、露等の国々なら、迅速にこうした方法で「自国民保護」を行っただろう。小職は外務省へ出向していた3年間で邦人保護業務に従事したが、米英等の国々の同業務は、日本のそれと比較して人員も充実しているし、本国の支援も迅速で、何度も羨ましい限りだと現場で痛感した経験がある。 こうした邦人保護業務(いわゆる領事業務)は、外務省の中でも亜流の業務と見られており、殆どの大使館、領事館では、警察や自衛隊からの出向者、若しくは、外務省のノンキャリア職員が業務に就いている。私の先輩のノンキャリア外務省OBは、常々私に「領事業務はドブ掃除のような仕事。実は大事な仕事なのに本省は重視していない。他省庁の人には本当に申し訳ない」と言っていたことを今でも思い出す。 まだ一人が依然として拘束されたままだが、自国民を保護するという国家の基本に関わる業務に全力を傾注すると共に、メディアはこうした業務にスポットを当てて、具体的に国民に知らせることが必要だ。前にも書いたが、領事業務のプロ(専門家)を育成すること、領事業務を円滑に実施できる情報線を構築すること、的確な広報による戦術を整えておくこと等が必要だ。勿論、本省の迅速な決断と支援が不可欠であることは言うまでもない。 中国では瀋陽事件、電信官自殺事件、官製デモ事件等々があったにもかかわらず、その教訓は活かされていないのではないだろうか。そして、今でも本省のキャリア官僚が、領事業務は、本来の外交とはかけ離れた「ドブ掃除のような仕事」と見ているように思えてならないのである。
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 何でも「不安」と答える日本人
2010.08.08 Sun 18:58
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平成22年8月8日 ~何でも「不安」に感じる裏側にあるものは~ 「体感治安」なる言葉が使われるようになってからそれほど年数は経過していないはずだ。先週、警視庁が都民に対して初めて「体感治安」のアンケートをとった結果が報じられていた。実に約65%の都民が治安に「不安」を感じているとの結果が出たそうだ。 このアンケートにはどんな意味があるのだろうか。面白いのは、アンケート対象者の約83%が昨年の刑法犯の認知件数が昭和40年台と同様の件数に減少し、東京の治安は世界でも最も良いレベルで維持されていることを全く知らないという結果だ。
私は本年3月に「国民総幸福量(GNH)」なるものについて本ブログで書いたが、「体感治安」なる言葉もそれと同様のものだと思っている。大した意味はない。体でその時の治安状態を知ることができる人は、相当な訓練を受けた人たちだけだろう。今の日本人の多くは、「警戒心を忘れ、いざという時の覚悟も乏しく、常に他力本願で、知識として知ろうとする努力も面倒だ」と感じているように見える。テレビやネットで何度も繰り返し垂れ流される情報を見て満足し、それが真実だと思い込む。メディア側にも相当の責任はあるのだろうが、各自が色々と思いを巡らし、真相や背景を考えようとはしないのである。 だから、何も治安だけに限らず、将来のこと、年金のこと、医療のこと、家族のこと等々、どれを尋ねられても過半数以上の人が直ぐに「不安」と答えるに違いない。
「人間が生きていく過程では、様々な苦難に出会い、経験を積み、時には人災で命を落とすことだってあるのだから、相当な覚悟で臨んでいかなければならない。一生勉強だ。」と教える大人は本当に少なくなった。だから、私は、日本人の多くは、人間としての生きる「本能」がことごとく退化し始めているのではないかとさえ感じている。 治安をはじめ、日本ほど人間が生きていく上での諸環境に恵まれている国は極めて少ない。警察は、こうしたアンケートなどとる必要はないし、淡々と犯罪統計を発表して、その内容分析を伝えるだけで良い。「体感治安」を良くする方法はないかなどと奇策を考えるのではなく、これまで以上に治安維持に黙々と汗を流すと同時に、国民一人一人に最低限のセルフディフェンスと一定の覚悟を持ってもらうように啓蒙していくべきだ。そうしないと、本当に自分の身はもとより、自国も守れない(いや守らない)集団になってしまう可能性がある。
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 良好な対日感情の本質を知ろう
2010.07.24 Sat 21:35
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平成22年7月24日 ~良好な対日感情の「本質」とは~ 南アフリカで開催されたサッカーのワールドカップで、日本代表チームが大会前の多くの予想を覆して活躍した。サッカーにそれほど興味がない私でさえ、自然とテレビ中継が気になった。 私は丁度この大会期間にタイへ出張していたので、同国でテレビ中継を見ることとなった。日本同様、タイ人の間でもワールドカップの各試合が大きな関心を集めており、いわゆる「にわかサッカーファン」が職場、レストラン、喫茶店等で色々と面白い分析を展開していた。 そうした中、日本と韓国の各代表が予選を勝ち抜き、決勝トーナメントに進出したが、タイ人の多くが日本代表チームを熱烈に応援していた(韓国よりも日本ファンが圧倒的に多い)。いわゆる庶民層の人たちであるのだが、ちょっと気になったので、何故日本をそれほど応援するのか各地で尋ねてみると「アジアからの代表である」「日本が大好きである」と言う。 タイ人の対日感情が極めて良好なことは知られているが、日本の実態を詳細には知らないだろうし、1度も訪日したこともないと思われる庶民層の人たちの間に日本はしっかりと浸透している。私が尋ねたのは首都バンコクに住む庶民層の人たちだから、地方の人たちも果たしてそうなのかと思ったが、バンコクに住む人たちの多くが実は地方出身者だから、総じて同様の感情を抱いているのではないかと思われる。 私は、このような極めて良好な対日感情は、中々他国では見られないと感じている。両国がこうした関係に至る要因としては、両国間の交流の歴史、皇室と王室の関係、宗教、文化等々が考えられるが、我々日本人は数少ない例としてその本質を理解し、今後も同国との良好な関係を維持することに努力すべきである。 ついこの前までバンコク都内の一部で騒ぎが続いていた際、「タイは危険だ、旅行は控えるべきだ」等という大量の情報が日本大使館や日本のメディアから流されたが、日本と極めて良好な関係を維持し、庶民層をはじめとする多くのタイ人が日本を大好きだと感じていることの本質を十分理解した上で我々は行動していく必要があろう。 長年タイを研究している私にとっては、タイ人の心に奥深く浸透する日本国、日本人であり続けたいし、そうした本質が見極められるような日本人が増えてほしい。 目先の利益や保身だけを考えるような日本人では、今は日本が大好きと言うタイ人たちからも、気がついた時には冷たい視線を投げかけられているかも知れない。日本人の先達が長い歴史を通じて築き上げた財産を壊すことのないようにしたいものである。
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 日本人の安全感覚とは?
2010.05.22 Sat 16:29
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平成22年5月22日 ~タイ王国の混乱に見る日本人の安全感覚~ タイのバンコクで続いていた混乱が、ようやく収束した。死傷者の方々をはじめ財産的被害を被った方々は、本当にお気の毒である。 治安当局による強制排除措置が敢行されたわけだが、治安当局とUDD側の人員・装備が格段に違うわけだから、短時間のうちにUDD側は制圧された。2か月におよぶ今回の騒動を注視していた小職としては、治安当局のこうした措置は遅きに失したと言わざるを得ない。UDD側は、多くの違法行為を公然と繰り返していたわけで、「寛容の国タイ」らしい対応と言ってしまえばそれまでだが、組織的な違法行為を長期間看過するようでは、まだまだタイも先進国とは言えないし、世界に「恥」をさらけ出した格好だ。今回の騒動の原因は、タクシン元首相が議会で実力を付け始めて、その後、タイの憲政史上初と言われる議席数を下院で得た頃からの様々な事柄が複雑に絡み合っているのだが、分かりやすく言えば「革新派と守旧派の権力と金をめぐる争い」である。本ブログでは、それを詳述するつもりはない。今回の騒動での日本人の安全感覚について少し述べて見たい。 もう、日本ではこの騒動がテレビでは報じられないし、新聞各紙の扱いも小さい。ついこの間まで、内戦、内乱、戦場等の文字が使われていたと記憶している。 小職は、これまで今回の騒動について1~2度テレビのインタビューに答えたが、一貫して「限られた地域での事案であること」「治安当局の措置如何では長期化すること」「近づかなければ何ら問題はないこと」「普通の生活を心がけること」等々とコメントしてきた。 事実、タイに長く在留している多くの日本人は、そうした行動に終始したはずだ。 しかし、日本国内で現地から送られてくる映像を日本で見せられる日本人の多くは、「まるで内戦」「戦場のようだ」等と感じ取り、それが「何と危険な国なのか」という具合に結論付けてしまう傾向がある。平和が長く続いている日本国内にいるからそう思うのは仕方のないことなのだろうが、世界の多くの国では、こうした騒動が当たり前のように繰り返されていることをもっと知るべきだ。 フランスのパリでも移民が暴動を起こしたし、ギリシアでも同様だ。その度に死傷者が出ている。先進国でもそんな具合だから、中進国以下の国々は推して知るべしだ。 海外での生活や旅行をする上で大切なことは、日本だけでの尺度で安全を見ることなく、日頃から情報収集・分析を怠らず、安全対策措置を講じておくと共に、一定の「覚悟」を持っておくことだ。日本人の多くは、銃声や爆発音を耳にしただけで身震いするのだろうが、そんな環境の国が多いということすら学習せずに、右往左往することがあってはならない。 前回のブログで日本外務省が発出する危険情報のレベルについて言及したが、バンコクのそれが、アフガニスタン、イラク等のように日々死と隣り合わせで生活しなければならないような環境下のエリアと同レベルであろうはずはないのである。 戦争をはじめ、内戦、内乱等の本当の姿を知らない日本人が、今後も日本と同様の安全環境をどこへ行っても求め続け、セルフ・ディフェンスは棚に上げて、責任は全て他にある方式で行動していけば、そのうち他国の人々から失笑を買い、相手にされなくなってしまう可能性すらあり得るのである。それでは、世界規模での各種活動など出来ようはずはない。「平和ボケ」と言われて久しいが、そろそろ目覚める時期ではないだろうか。
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 危険情報の在り方
2010.04.29 Thu 18:44
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平成22年4月29日 ~タイ王国の混乱と危険情報~ タイのバンコクで混乱が続いている。日本人のカメラマンが不幸にも死亡したことから、日本での報道ぶりも一段と過熱した。小職は、アフリカ出張の帰途、4月9日朝にバンコク入りし、現場に足を運び状況を確認した。折しもタイの正月(ソンクラーン)直前だ。 ソンクラーンは、タイ人にとって最大の祝日であり、水かけ祭りで盛り上がる。多くの外国人旅行者もこの時期に訪れる。 しかし、今年はタクシン元首相を支持する「反独裁民主統一戦線(UDD)」がバンコク都内で抗議活動を激化させ、治安部隊と衝突を繰り返し、多数の死傷者が出たため、このソンクラーンも例年の盛り上がりに比べると半減した。 この騒動は当分の間は続くものと思うが、違法行為によって政権が揺さぶられたり、議会が解散されたりするようなことはあってはならない。タイは少なくとも90年代に入って途上国の域を抜け、中進国となり、さらに先進国へと進化している状況だ。ここは、アピシット首相を中心とする現政権の踏ん張りどころだ。混乱の諸原因については、またの機会に述べることにする。 さて、今回の騒動について、日本外務省は、タイの危険情報について、これまでの「十分注意して下さい」から一段階上の「渡航の是非を検討して下さい」に変更した。 この情報は、各国も同様の内容を自国民に発出しているので、日本も横並びで実施している。小職は95年から98年までタイの日本大使館に警備、邦人保護担当の書記官兼領事として勤務していた際、この危険情報を担当していたが、当時は、真に邦人に危険が及ぶような事態を慎重に分析して、乱発を避けた。97年のタイ発の通貨危機に伴う一般犯罪増加の可能性、憲法改正に伴う軍によるクーデターの可能性等々の状況があった際も乱発はしなかった。 その後、この危険情報も一連の外務省叩きがあって以降、在留邦人、駐在員および旅行者等に領事サービスを充実させようと徐々に改善され、以前に比べると提供する数が大幅に増加した。その点は一定の評価はできる。しかし、単にサービスを提供するということだけに力点がおかれているため、報道されている情報を簡単に取りまとめて発出しているという状況に陥っている。特に、4段階のレベル判断は、情報収集と分析によって発出されなければならない。 小職が9日にバンコクへ入り、収集した各種の情報を分析した結果では、今回のレベル引き上げというまでには至らなかった。こうした治安情勢分析の判断の違いが出るのは、各国の日本大使館・領事館で領事を務める人の殆どが、この種の情報収集・分析を的確に行える訓練・指導を受けていないからだ。要するに専門家ではないのだ。 「そうした専門家の領事を育成する必要がある」と小職が志ある数人の外務官僚から聞いて10年以上が経過したが、未だ実現していない。それを主張していた数少ない官僚の方々も、外務省叩きの影響を受けて今では口を閉ざしている。 そしていま現出しているのが自己保身のための「何でもいいからもっと領事サービスを」という短絡的な手法である。乱発すればサービスだと思ってもらっては困る。情報の中からインテリジェンスを抽出できるような専門家の領事を育成し、いざという時に先頭に立って自国民を保護するような組織による真のサービスを多くの国民は望んでいる。
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 国民総幸福量という言葉遊び
2010.03.19 Fri 19:09
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平成22年3月19日 ~「GNH(国民総幸福量)」って何?~ 作家の曽野綾子さんが、3月17日付の産経新聞に「GNH(国民総幸福量)」という概念があることを始めて知り、その感想を次のように述べている。
「日本は世界でも有数の幸福な国だ。一日1ドルかそれ以下の収入で暮らす国民も多い中で、豊かな国と言わずにどうするのだ。その状態を幸福と感じないのは、国民に人間としての一つの姿勢が、完全に欠けているからである。」「それは国民の権利として要求する態度は教育で教えたが、同時に人間の尊厳として他人に与えることの大切さも教えなければならなかったのに、それをしなかったからだ。」
アフリカをはじめとする、僻地を度々往訪される曽野さんらしい意見である。 小職も大いに同調するところだ。 小職は、治安情勢が劣悪な多くの国々を訪れる度に「日本は何と素晴らしい国なのか」と感じている。また、健康で仕事がある日々に感謝している。だから、小職のGNHは高いと信じている。 しかし、多くの日本人が人間としての尊厳としての他人に与えることの大切さを忘れ去ろうとしている。忘れている人は、まだ思い出せばよいが、無知な人はどうすればよいのだろう。政府が調査に乗り出すというが、調査結果からどのような対策を講ずるというのか。結果は、目に見えているはずだ。こうした言葉遊びのようなことをやって日々生きていけるほど幸福な国なのである。 小職は、今月末からアフリカのコンゴ民主共和国へ入る。日本のODA実施のための安全調査が目的だ。知人の多くは「危ない、危ない」と言うが、「危ない」の基本的な知識やレベル分けすらできなくなっているのではないかと最近は感じることが多くなった。それほど、日本人の感覚は、長い幸福の中で麻痺・退化しつつあるようだ。 このままでは、曽野さんの予想はズバリ的中することだろう。そうなってからでは、取り返しはつかないのだが。
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 ODA現場での日本人の決意
2010.02.08 Mon 15:01
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平成22年2月8日 ~ODA現場で活躍する日本人の言葉~ パプアニューギニアのブーゲンビル島に日本の無償支援で大小15の橋が架けられようとしている。今回、現地の安全調査依頼があったので、2週間と短い時間ではあったが、小職なりの現地への思いがあったので、喜んで現地へ飛んだ。 パプアニューギニアの首都ポートモレスビーからブカ島を経由し、ブーゲンビル島へと入る。噂どおりの高温多湿である。ちょっと歩くだけで汗が流れ落ちる。 電気、プロパンガス、水道の生活インフラは、何とか整備されてはいるが、頻繁に停電するし、食材も首都からの搬送が少ないのか、肉類の入手が難しく、もっぱら島で獲る魚を食べなければならない。しかし、海は自然のまま残されているから、限りなく美しい。 この島に架かる橋が、度重なる洪水で崩落しているため、日本の無償援助で橋が架けられる。工期は、約2年半だ。
同島では、1988年から2001年までの間、分離独立を求める「ブーゲンビル革命軍(BRA)」と政府軍との間で戦闘が繰り返されたため、現在でも南部のアラワ以南は、日本外務省によれば、立ち入らないでほしいエリアとなっている。 今回は、ブカからアラワ以南のキエタ港にも入って安全調査を行った。その結果、一定の安全対策を講じておけば、安全に支援業務を継続できるという結論に達した。島民は紛争に疲れており、平和的な生活を求めている。多くの島民が仕事に就けないため、昼間から木陰で屯する若者が多く、バナナなどの果実から作る地酒を飲み酩酊している。殆どの島民は、ジャングルの中を歩く時に必要だからブッシュナイフを携行している。こうした点は、十分注意しなければならない。 首都をはじめ、同島でも、今回の日本の無償支援に対する関心と感謝の声は、極めて大きい。対日感情は良好である。
そして、良好な対日感情の要因のひとつに、先の戦争があるようだ。この島には、1942年から45年まで日本陸海軍が進駐し、米豪軍と激戦を展開した。戦史によると、陸軍約4万人、海軍約2万人の計6万人余が乏しい補給の中で戦った。当時、ガダルカナル島が「餓島(がとう)」と呼ばれ、ブーゲンビル島は「墓島(ぼとう)」と呼ばれていた。こうした史実を肌で感じたいと常々思っていたので、どうしても訪問したい地域であった。 これまで、多くの日本人の方々が慰霊のために同島を訪問されており、いたる所に慰霊碑等が建てられていたが、日々の手入れをする人もいないのか、それらは草木の中に埋もれてしまっているところが多かった。ブーゲンビル島南部のアラワからキエタ港に向かう道路脇にそのひとつがある。ゼロ戦、戦車、野砲が運ばれたのであうか並ぶように展示され、慰霊碑らしきものが建てられていた。慰霊碑の文字は消え去り、草木に覆われていた。 今回の日本の無償援助は、この島の橋を完成させることだが、その業務に携わるわずか3~4人の日本人の方々が、次のようなことをしようと決意している。 「橋梁工事が完了し、引渡し式が終わったら、せめてこの場所の草刈りをして、できれば塀で囲み、慰霊碑をきれいにして、島民のみなさんがその後も時々手入れをしてくれるような場所にして帰国したい」 私は、是非その作業に参加させていただきたいとお願いした。他にも同様の場所は多数あるし、今後、同国に色々な形の日本の支援が行われる都度、できる限りそうしたことをしていこうという思いで同国を後にした。聞くところによれば、先の戦争で亡くなられた方々の遺骨収集作業等に対する日本国の支援は、先進国としては脆弱との由。先の戦争の総括をすることもなく、戦争反対を声高に主張することは結構だが、せめて亡くなられた方々の地に足を運び、慰霊をすると同時に、年老いた島民から若い島民へと現地で語り継がれている当時の日本人の方々の断片的な話に耳を傾けては如何か。「礼儀正しく、タフな方々だった。学校を建設し、農耕や物づくりを教えてくれた」と皆が口をそろえる。決してお世辞ではない。私には、次回の訪問が待ち遠しいし、ODA終了後の仕事が残っているのである。
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 民主主義の難しさ
2010.01.18 Mon 16:16
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平成22年1月18日 ~「民主主義」の難しさなのか~ 警察官として勤務した経験のある人なら、「マルクス・レーニン主義(ML主義)」という言葉はどこかで聞いたことがあるはずである。小職も熟知しているとは言わないが、それなりに学習した。 ML主義の理論的基礎の中には、いくつかの柱があり、階級国家観とか、フロレタリアート独裁(プロ独裁)なんていうのがある。 一旦権力を握った者は、やすやすとその権力を譲り渡すわけはないから、暴力革命によってそれを達成し、達成できた暁には労働者(プロレタリアート)による独裁を維持しなければならないという理論だそうな。1960年、70年代は、多くの学生、労働者がこの理論に賛同して大規模なデモが繰り返されたが、今では、遠い遠い昔の出来事のように時々メディアが報じる程度だ。
政治や共産主義、社会主義のことを本ブログで述べるつもりはないが、最近の現政権党に関する報道の中に、まるで「全体主義」のようだという内容が目立っている。 現在の最大与党は、民主的に実施された総選挙で国民が選んだ政党だから、ML主義にいう暴力革命によって政権を奪取したわけではない。しかし、一旦選挙によって得た権力者の権力は、ML主義でもプロ独裁して維持しようというのだから、そうやすやすと手放すはずはない。次の総選挙で主権者が変えればいいじゃないかとは言うものの、少なくとも一定期間は簡単には変えられないものである。昨年の総選挙で政権が変わった際、メディアの一部が「国民は最低4年間の覚悟は持たなければならない」と報じた。小職は現政権には投じなかったが、現在その覚悟で見守っている。
現政権の中には、かつてML主義を標榜して活動した方々も少なからず存在しているようだし、そうした方々がかつて主張していたように、一旦権力を手中にすれば、例え恥知らずなことをしても、とてもやすやすと権力を譲り渡すはずはないはずだ。現政権の中には、「8年は政権を維持できる」と豪語する人もいるようで、4年後、8年後の日本国が相当傷つきながらも立派に生き続けていることを今は願うばかりである。 ある国の首相が「民主主義よりも良い方法が現在のところ見つからないのでわが国でも民主主義を採っている」と述べたが、まさにそのとおりである。
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 「覚悟」の必要性
2010.01.02 Sat 16:36
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平成22年1月2日 ~「覚悟」を抱いて生き抜くことの必要性~ 昨年末、米の飛行機がまた狙われた。機内で爆発物が爆発していれば、飛行機の機体側壁を破壊することが可能な威力であったという。オバマ大統領が2度もコメントするのだから、色々なミスがあったのだろう。近年、イラク、アフガニスタン、パキスタン等では、テロが沈静化するどころか、激しさを増している。こうした国際テロ情勢は、残念ながら今年も続きそうだし、しばらくは続くだろう。年間約1,600万人の日本人が海外へ出ているから、こうしたテロの被害を蒙る可能性は決して低くない。
小職は、テロ対策のための航空保安について途上国に技術提供をした経験があるので、航空保安を徹底することの難しさを知っている。職務上知りえた秘密をここで暴露するわけにはいかないが、日本のそれも決して万全なものではない。ましてや途上国のそれとなれば、想像に難くない。 そのため、現時点では、航空セキュリティは、「ほぼ万全である」というレベルで日々運行されているのだ。あくまで「ほぼ」であって、完璧ではないということだ。 これを完全にするためには、「情報の瞬時共有」「保秘の徹底」「人の育成・訓練」等が必要なのだが、これを全世界で完全にすることは大変困難で、不可能に近いかもしれない。新しいセキュリティ機器を導入しただけでは当然のことながら不十分なのである。何故なら、その機器を使用して最後に見極めるのは「人」だからだ。だからと言って、我々はこうした悪質巧妙なテロに対して半ば諦め、屈するわけにはいかない。
最近の日本人は、「ほぼ万全」を嫌い、完璧な「安心・安全」を求める傾向がある。いつ頃から日本人がそうなったのかは分からないが、そんな完璧などあり得ないことをそろそろ各人が自覚し、それなりの「覚悟」を持ってはどうか。今後も日本は、国家としてさらに成長するため、国際貢献、ODA、海外ビジネス等を積極的に展開していかなければならないはずだ。 そうした「覚悟」を抱いて、日々努力精進すれば、目先のことなどには一喜一憂しないだろうし、自ずと「物事の真理」が見えてくるものだ。 小職は今年もこの「覚悟」を胸に秘め、海外で活躍する日本人の安全対策に可能な限りの「万全」を目指しながら、邁進していく所存である。
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 危機管理に楽観は禁物
2009.11.25 Wed 17:42
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平成21年11月25日 ~楽観せずに用心すること~ 11月15日にイエメンで誘拐された「国際協力機構(JICA)」の日本人男性が無事解放された。まずは何よりだ。日本の各メディアは、「良い結果となった」「被害者の強い志に感心する」等々の報道ぶりだが、そうした世界各地での民生支援に従事する邦人の安全対策措置に具体的に言及する内容は相変わらず乏しい。 この種の誘拐事件では、被害者の安全確保を第一とするため、報道は厳しく規制される。今回も事件を認知した後に、現地の日本大使館、JICA事務所をはじめ、東京の外務省、JICA本部等は、情報の収集・分析を行うと共に、犯人側との交渉プロセスの推移に日本政府として加わり、一定の主張、要望等を行ったものと思われる。日本側から誰が現地へ赴いたのかは知る由もないが、警察庁の国際テロ対策課、警視庁の組織犯罪対策第二課等もそれなりに関与したはずだ。 私が得た情報によると、現地のODA無償協力プロジェクトは、完成も間近かであり、これまで同様に継続されるという。国際協力、国際貢献は、こうした事件があったからと言って、すぐに中止するようではダメで、その都度、安全対策を講じつつ乗り越えていかなければならない。 しかし、今回のイエメンでの事件では、「過去の同種事例の多くが短時間で解放されている」「被害者との連絡がとれている」「イエメン当局や各部族長との連携が比較的スムーズだ」「軟禁されている場所がほぼ特定できている」等々の理由があったのかどうかは不明だが、イエメンでのこの種事案は、あまりシリアスな結果とならないので深刻に諸対策を講じなくともよいというような雰囲気が現場から感じられる。ここは楽観することなく、用心を怠らないことだ。 治安状態が悪い国・地域で民生支援を行う場合は、現地で稼働する邦人の安全対策措置を講じることが何よりも肝要である。そうした態勢を具体的に整えるため、外務省、JICAは、こうした事件発生の都度、検証、検討して予算を確保し、具体策を講じなければならない。本来であれば、日本の警察、自衛隊が自国の民生支援者を防護すれば一番心強いのだが、現行法ではそれもできないという情けない状態が何年も続いている。 昨今の事業仕分けで、外務省やJICAの無駄遣いが一部指摘されている。勿論、無駄は省く必要があるが、逆に民生支援を主張する現与党に民生支援の安全対策予算を教育、訓練、現地派遣等の各分野で大いに請求されてはどうか。事業仕分けで活躍しているかつてのキャンペーンガール議員も、まさか「一番に守る必要があるのですか」とは言えないと思うのだが。
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 人を育てることの楽しさ
2009.10.27 Tue 17:53
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平成21年10月27日 ~人を育てるということの楽しさ~ プロ野球楽天の野村監督の記事が新聞を飾った。もう1年監督を務めたかったようだが、その願いはフロントには通じなかったようだ。 野村監督は監督の役割を「見つけ、育て、活かす」と定義しているという。また、「石の上にも3年、風雪5年」とその定義を実践するためには時間がかかるとも言う。 そして、「財を残すは下、仕事を残すは中、人を残すを上とす」という中国のことわざが好きで合わせて実践してきたそうだ。同監督のこうした趣旨を理解して、現在活躍する選手やコーチが大勢いる。両チームの選手に胴上げされたのはその証なのだろう。 人を教育して育てることは、まさに野村監督の言うとおりだと小職は共感している。 小職は現在、企業の若手社員の教育をコンサルタントとして担当している。社員を育成するということは、企業の危機管理にも繋がるから重要な仕事だと自負している。 この仕事を初めて約2年が経過したが、最初のうちは、多くの社員が「何だこのオヤジは」「警察OBで何ができるのか」という目で、渋々小職の厳しい講義やトレーニングに参加していた。当然、小職は予想していることなので、淡々とトレーニングを重ねる。そして、野村監督同様とは言わないが、数百人の中から、人を見つけるのである。 小職はこの第一段階の「見つける」が最も大事な部分だと思っている。沢山見つけることができれば、強いチームになることの半分以上は成功したようなものだと思っている。何故なら、これまで長年埋もれてきていた人の中から「見えない輝きのようなものを内包している人」を見つけるのだから、これは中々大変だ。数人見つけることができて、育て始めれば、それを見ている他の人々が、自ずと埋もれた人の中から少し顔を見せるので、それを見つけるのは徐々に簡単になってくる。あとは、時間はかかるが、次々に育てていけば良い。 若い人たちが会社という組織の中で、育ち、活躍してくれる姿を見ることは、実に微笑ましく、楽しい。最近は「あなたたちに元気をもらっている」と、逆に小職が感謝している。最近は、不景気、閉塞感という言葉が多用される日本だが、自分なりに一生懸命頑張ろうとする若者たちを何とか見つけて出して、育てることが、いくばくかの人生の先輩としての小職の仕事だと肝に銘じている。そして、一番弟子に抜かれる日を今から楽しみにしている。
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 国家の意思が示される国際捜査
2009.10.02 Fri 18:12
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平成21年10月2日 ~バリ島での邦人女性殺害~ イスラム教国のインドネシアの中で、バリ島はヒンドゥー教徒が多数を占める。 東南アジアのリゾートの島として日本人(特に若い女性)には人気の島である。 9月28日、その島で旅行中の邦人女性(33歳)の遺体が発見された。遺体は半裸状態で、乱暴された形跡もあると報じられている。現地警察は、殺人事件として捜査を開始した。 事件の真相は、現地警察の捜査を待たなければならないが、小職は日本の捜査当局がどのように対応するのか注目している。 東南アジア諸国には、バリ島同様のリゾートが多い。タイのプーケット島、マレーシアのペナン島、フィリピンのセブ島などが一般的には知られている。小職がタイの日本大使館で邦人保護担当の領事を務めていた際、同様の殺人事件、強姦事件等が発生し、その都度取り扱った。 ただ、今回のケースは、警察官を名乗る現地人男性が、被害者の宿泊先を訪問して連れ出し、殺害している模様だ。随分と手の込んだ犯行である。偽警察官による強盗、スリ等は、世界各地で見られるが、バリ島では珍しいケースだ。 そこまで偽装して犯行を行う必要性があったのだろうとつい推測してしまう。今回の偽警察官は、宿泊先の従業員に「薬物関連の捜査」と言ってきたそうだが、被害者の女性が薬物に何らかの形で関与していたのか、或いは、薬物に関する金銭のトラブルなのか、日本人で関与している者はいないのか等々と、バリ島では珍しい犯行手口だけに推理してしまう。被害者の女性と一緒に旅行していた女性も乱暴されたものの、殺害には至っていないという。これら報じられている情報からだけでも、単純で衝動的な殺人事件とは思えない。被害者のためにも、何とか迅速に犯人を捕まえてもらいたいと思う。 ところで、この種事件が発生すると、米英の捜査当局は、極めて立ち上がりが早い。 下手をすると同日、若しくは翌日には本国からの捜査員が現地入りして、インドネシア捜査当局をまるで自分たちの部下のように指揮下において捜査を展開する。タイで領事業務を行っていた際には、そうした光景を何度となく目にした。事件が発生した国の主権、捜査権行使の可否等はまるで眼中にないかのようだ。自国民保護のためにただひたすら自国の権利を主張する。言い換えれば、強い外交を行うのである。こうしたやり方が批判されることも多いが、時として必要な行動だ。日本警察は果たして現地へ捜査員を派遣するのだろうか。バリ島には警察から出向して勤務する領事がいるはずだ。さらに、インドネシアには警察から10人以上の警察官が出向し、様々な業務に従事していると言われている。インドネシア国家警察の捜査技術、科学捜査技術等は、まだまだ低い。だから、日本から多くの警察官が出向しているのだが、自国民保護のために時として積極的な捜査を展開することができるようにならなければ、世界の警察、情報機関から尊敬されることにはならないだろう。英米にできて、日本にできないことはないはずと思うのだが。
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 こんな警察官が出てくる時代
2009.09.03 Thu 17:55
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平成21年9月3日 ~警察官の中にも現われた危険な現象~ 兵庫県警の女性巡査長が、インターネットの日記に上司や職務への不平・不満を書き込み、服務規程に違反したとして懲戒処分を受け、その後依願退職した内容が報じられた。 2005年10月に採用されたそうだから、おそらく20代半ばであろう。実務経験は4年に満たないはずだ。県警の事情聴取に対して同巡査長は「ストレスを発散していた」と説明したそうだ。些細な出来事のようだが、警察のOBとしては、警察組織がゆっくりと弱体化していくようで心配だ。報道によれば、書き込まれた内容は次のとおりだ。
交通死亡事故の処理をした感想として、「大事故でもないのに、4時間も立番しないといけないのか分からない」 「周りが言うほど正義感にあふれた仕事ではない」 「ストレスに見合うだけの給料はない」 上司について「理不尽すぎる」「どうしようもないやつに思えてきた」「ばかばっかり」
この内容を見ると、単純に同人が、警察官として不適格だなと感じるが、インターネットの会員制交流サイト「ミクシィ」に掲載して、ストレス発散するという手法が、秋葉原の事件をはじめとするネットへの不満の発信から、「誰でもよかった」という悲惨な結果へとつながった同種の事件と一部重なって見えるのである。 人命が失われている交通死亡事故を小さな他人事の事故として見る一方、自分へのストレスは軽微であっても極めて大きいと感じる。自己中心的な甘え以外の何物でもない。 警察官を拝命する際は、自衛官もそうだが、宣誓を行い署名する。国や国民を守るためには、命をも賭けるという覚悟だ。バブル時期には、警察は「3K職場」と言われた(危険、汚い、給料が安い)。それでも、宣誓した内容を黙々と実行する多くの警察官に国民の殆どは高い信頼を寄せている。警察官の不祥事が発生する度に社会的に強く叱責されるのは、高い信頼が寄せられているからこそだ。私が知る諸外国の警察で、日本の警察ほどその国の国民に信頼されているのを見たことがない。私も現役当時は、同巡査長が書き込んだ内容と全く同じことを考えたことは何度もある。おそらく、現在、多くの警察官が似たようなことを感じているのも事実だ。しかし、卑怯な手法でストレス発散はしない。多くが職責の自覚のもと自制しているからだ。 警察組織内部のこうした「兆」は、早い段階から適切に対処することが何より肝要だが、近年の警察学校での集団生活の軽視やプライベート重視の指導・教養が、少なからず影響しているように思えてならない。こうした現象の背景には、教育、家庭の躾、周囲の環境等がそれぞれ指摘されている。だからと言って諦めることなく、地道な指導・教養を繰り返し、志を抱いて警察官を拝命する若い警察官に、上司、先輩は金銭で表すことのできない、短期間では体感できない、崇高な職責や誇りを伝授してもらいたい。警察OBとして密かに応援しているし、国民の多くも期待しているのだから。
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 日本を背負うという意識
2009.07.29 Wed 16:25
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平成21年7月29日 ~日本人の活躍~ 以前、「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で日本が優勝した際に感動したことをブログに書いたが、7月26日に女子プロゴルファーの宮里藍が米女子ゴルフツアーで初優勝したニュースに驚きと同時に同様の感動を覚えた。 何故驚いたかというと、小柄な体格で飛距離が必要な米女子ツアーで勝つことは極めて困難であるとの専門家の見方が多かったからだ。小職は日本で勝ち続けていた宮里プロだから、米女子ゴルフツアーでも1~2年のうちに1勝すると期待していた。ところが、あっという間に4年が経過していた。やはり専門家の見方が正しかったのかと思い始めていた矢先の優勝だった。 ゴルフは中々面白いスポーツだと思い、小職もゴルフ歴だけは約30年と長いが、さっぱり上手くならない。本気で上手くなろうという気がないから当然である。ゴルフに関する本も結構読んだ。極めてメンタルなスポーツである。宮里プロが優勝するほんの少し前に開催された男子メジャー大会のひとつである「全英オープン」でも還暦目前のトム・ワトソンのプレーに感動した。最後のプレーオフで力尽きたが、足腰が限界にきていた様子が画面から窺えた。それでも、かつてのチャンプは紳士的に黙々とプレーを続けた。「ゴルフは決して飛距離やパワーだけではないぞ」と訴えかけているようだった。だから、つい早朝までテレビの前で応援してしまった。日本で言えば、トム・ワトソンは団塊の世代である。まだまだ現役でやっていけるという気持ちが伝わってくるのである。 宮里プロは、今回の1勝を契機に貪欲に勝ち続けてほしい。1日でも長く、引退するまで頑張り続けてほしい。日本人が海外で苦労して努力し、栄冠を勝ち取る姿は日本人として大いなる誇りだ。日本男子プロの石川遼も宮里プロに負けないよう活躍してほしい。 昨今、野球、サッカー、ゴルフなどのスポーツ選手以外に日本人が海外で大いに活躍するニュースが少ないような気がする。 そういえば宮里プロも優勝後に日本国旗の「日の丸」を全身に纏っていた。本人が用意していたのか、それとも誰かが用意していたのか。自分は日本人であり、日本を代表するプロだという「意識」がそこにはある。そうでなければ、「日の丸」を纏ったりはしない。 この「意識」だけでも8月30日の投票日に臨む候補者には持っていてもらいたいものだが、テレビに出てくるそうした候補者方々からは、それが全く感じられないのは何故だろう。淋しい限りである。
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